Q三船敏郎さんが世界で一番尊敬された日本人俳優ですか?マーロン・ブランド 飛行機に乗っていた際、三船が同乗している事を知るや自分から挨拶に行ったという。 弔電にて「彼のことを決して忘れることのできない。すべての俳優を代表して」とコメント。 ジョディ・フォスター 弔電にて「大きな存在を失った。映画史に残っていく俳優がいなくなっていくのは非常に寂しい」とコメント。 ジョージ・ルーカス 監督を務めた『スター・ウォーズ』シリーズでダース・ベイダー役を何度もオファーした。 スティーブン・スピルバーグ 弔電にて「あなたは何にもまして、今日の世の中ではまれな何かを持っていました。それは威厳そのものです」と悼む。 スピルバーグの邸宅の玄関には三船が筆で”すてぃーぶん・すぴるばーぐ”と書いた大きな表札がかざってあった スティーブン・セガール 尊敬する俳優として志村喬とともに三船敏郎を挙げている。 ロバート・デ・ニーロ 本人を前にして、子供のように緊張でひとことも話せなかったという。 クリント・イーストウッド 三船の演技に大きな影響を受けている。 ジョン・ベルーシ コントで三船敏郎の物まねをやって大人気を博す。 1941で「やっと三船に会えた!」と感激したという。 アラン・ドロン 三船敏郎をイメージしてsamurai(サモウライ)という名の香水や映画を作るほど崇拝している。 『SMAP×SMAP』で、「カッコイイ男性は?」と聞かれた時は「三船敏郎」と答えた。 チャールトン・ヘストン 弔電を送る。 イアン・マクシェーン 松崎悠希がパイレーツ・オブ・カリビアン/生命の泉に出演した時に、イアンと彼の尊敬する三船敏郎について「三船さんすごいよね」「存在感がすごいよね。あの存在感を出せる俳優は今の時代いないよ」と盛り上がった。[16] カヨ・マタノ・ハッタ 三船が出演した最後のハリウッド映画であるピクチャーブライドの監督。三船を神のように尊敬していた。 ドナルド・サザーランド 『シャドウ・オブ・ウルフ』で出演オファーを受けた際、三船が出演することが決まっていると聞き、脚本を読まずに出演を決めたと語っている。 シンディ・ローパー 2007年のサマーソニックの特番でバックステージで三船美佳にインタビューを受けていた際に、最初は不機嫌な表情だったが通訳に三船敏郎の娘であることを耳打ちされるとびっくりして「あなたのお父さんの大ファンなの!」と感激した。
BA渡辺謙、千葉真一といろいろいますが、三船さんが一番かもしれませんね。ただ、早川雪洲さんも捨てがたいと思いますよ。当時としては…。
Q巴金先生の随想録で、不明な箇所を和訳してみました。間違いを教えていただけませんか。日本語訳してみましたが、話が通りません。間違いを教えていただければ幸いです。週に一度、このテキストをつかって中国語のレッスンを受けています。先生は日本語を話しません。私の中国語は駄目です。可是我到了北京不几天,しかし、私が北京に到着して何日も経たないうちに《人民日》就刊出了中先生的耗。人民日報が中島先生の訃報を報じた。我托全国文了一个去。私は、全国文学者連盟に頼んで弔電を打った。但是和中先生相依命的京子夫人我能什?しかし、中島先生と一蓮托生であった京子夫人対して、私に何の話ができようか?再天从上海来水上勉先生的信:それからまた二日後に、水上勉先生からの返信が上海から北京に転送されてきた。“杭州出的前夜接到中健藏先生的告,「杭州を出発する前夜に、(私たち一行は)中島先生の訃報を受けた。来到上海又收到的信和托我交中先生的信函,上海に到着するとまた、あなたから私への手紙と、私が中島先生に渡すようにあなたが私に託した手紙を受け取った在无法制止悲痛之情。……”悲痛の念を押さえることができない。我中先生的信就是法来写的那一封,私が中島先生に送った手紙は、私がフランス訪問から帰ったときに送った手紙である。我里想到他的竟然是短促,時間がこんなに短いとは、私は知る方法もなかった。听人念它的机会也没有!私からの手紙を、人に読んでもらう機会さえなかったとは!一位在北京“作”工作的朋友我:北京の作家協会で働く友人が私に言った:“我到和水上先生同来的木村女士,「水上勉先生と同行した木村さんに私が会ったとき、含着眼泪,木村さんは、目に涙をためて言った。‘中先生不会活一个星期了。’”『中島先生は(私たちが日本を出発して)一週間も経たないうちに死んでしまった。』と」我完会回到上海,会議が終わってから、私は上海(自宅)に戻った。有一天同王西彦同志起,王西彦さんと話をする機会があった。他接待水上先生,王さんは、水上勉先生一行の接待をした。他告我:王さんが私に言うには:(20)“同行的木村女士,「同行した木村さんは、(21)中先生病危,中島先生は、危篤になったとき(22)几个人的名字,何人かの人の名前を呼んだ。(23)有一个就是。”その一人があなたである、と言った。m(_ _)m。
BA彼の時間がこんなに短かったとは私には知る由もなかった。ある日王西彦さんと話しはじめて彼は水上先生の接待をしたことがあってあとは良く訳せていると思いますよ。
Q先日、取引先の社長の母親が亡くなり、遠方ということもあり、弔電を打ち、香典を郵送しました。しかし、お礼も無ければ、香典返しも来ません、これは単にこの人が常識がないだけなのでしょうか?ちなみに、私は北海道在住なのですが、本州では、香典返しの習慣がないのでしょうか?
BA道内の慣習しか知らないようですが、その慣習もせいぜい百数十年前の内地からの移住者によって作られた慣習が、道内の慣習とともに変化しただけのものです。 内地の常識と、道内の常識を知らないとあなたのような問題が発生します。なお、葬儀は自分の居住地以外のものに参列することはあまりありません。もし、あってもあなたのように香典を送付するだけで終了してしまいます。参列していたらわかる話なのですが。 香典返しは、内地では大きく三つのエリアに分かれます。それを知らないとあなたの様に不思議に思うのです。(IDのように道内居住経験者ですが、内地出身者です。すでに道内から離れて30年以上経過しました)1.香典返しは四十九日法要前あたりに送付する。(関東ではこの考えが主流のようです。)2.香典返しは四十九日法要終了後に送付する。お手紙にも、法要を済ませた旨が記載されますし、このほうが丁寧なやり方のような気がします。l(関西ではこの方法が主流のようです。ちなみに私は関東の出身です。妻は関西の出身ですから、妻の親族からはこの方法です。)3.香典返しは即日に返礼してしまう。こういう地域も存在しますが、簡素化されたやり方ですし、過去数十年前の様に物流が不十分で、物資が乏しい時代の名残を踏襲している地域とギフト店の店主に教えてもらいました。 あなたの経験は、上記の3.のエリアを予想します。せめて旧支庁名を記載してもらうと納得できます。石狩空知後志のような、あなたが小学生のときに覚えた名です。 ちなみに回答者は,IDのように後志管内の居住者でしたので、その周辺の葬儀の経験だけはあります。4年間の居住経験では多くはないのですが、一番印象に残っていることは**町の出身者は、**県からの移住者で、**村の出身者は**県からの開拓者だと言うように、四国や九州、東北地方の居住者が、隣町にいるような世界だったことです。 そういった中で、物流の不十分な中で、香典の即日返しは理解できるところです。
Q26歳会社員の女です。私は小さい頃から学校等で男女平等と教育を受けてきましたし、自分もそうだと思っています。社会の流れも男女平等にしようという風潮なのだと思っています。しかし、大学を卒業して会社勤めをするようになってから男女の不平等というか「女性だから」と思われて頼まれる仕事が少なくなく、いつももやもやします。 来客時のお茶出し、電報(弔電・祝電)の依頼、 おみやげ配り、アポイントの電話、商品説明のプレゼンテーター・・・etc.入社した頃は一番下だからと思いどれも快く引き受けていました。でもどんどん下に新入社員の男性が入ってきても上記のようなことは私が頼まれるのです。(もしくは私と同期の女性)私の所属する部署は全員同じ職種(営業職)なので私が業務だから頼まれているというわけでもありません。頼まれたことを断ると「女性がやってくれたほうが嬉しい・喜ぶから」とか「わからないから」などと言われます。その言い訳がまったく私には理解できません。来客のお茶出しはその時近くにいる人に頼めばいいし電報も自分でできることだし、自分で買ったおみやげは自分で配ればいい。アポ取りもプレゼンもおじさまを喜ばせる為に働いてるわけじゃない。これって私が心が狭いのでしょうか??^^;もしそうでなければはっきり断ったほうがいいのでしょうか。アドバイスをお願いします。
BA男女平等とは難しいものですね・・回答者さんの答えも様々なように、個人や社風でもかなりとらえ方に違いはあるように思います。私も基本的には同感です。営業職で忙しいのに、それ以外の雑務が女性だけ増えると平等に売り上げ争いできないですよね。男女とも同じ仕事内容で頑張っているのに、プラスアルファで仕事が増えるということですものね。ですが、上司から指示されたことを断るのも難しいように思います。社内の助け合いも大事ですし・・。私の感覚ですと、来客のお茶出しやプレゼンテーター等、社外の人に接する部分での指示は、受けた方がいいと思います。社外のオジサマに少しでも受けがよくなれば、会社の利益にもなりますし、「女性にしてもらったら嬉しい」というのは世のオジサマの本音だと思うからです。(特に20代だからなおさら・・)ただ、おみやげ配りや、電報などは、後輩の男性新人さんに振ってしまうというのはどうでしょうか?私の職場では男女関係なく新人が担当していました。上司もなんとなく癖で女性に頼んだけど、その後男性の後輩が引き継いだからって怒る訳でもないですよね。「どうしても緊急の資料づくりが残ってるから手伝ってくれる?」という感じでやんわり頼んだらどうでしょう、そしてその後、「あの電報やっといてくれた?助かった、ありがとう〜」って仕事完了したかどうかの確認も忘れずに。これから年次を重ねたらもっと忙しくなるでしょう。社内でぶつからずに、うまく仕事を振りながら乗り切ってください。頑張ってくださいね!
Q疎遠になり始めていた高校時代の友人の親御さんのお通夜に出席すべきでしょうか?高校時代の友人Aの親御さんの訃報がB友人からメールできました。このA友人は同じ市内に住み年賀状のやりとりはあります。数年前から「一緒にあそぼう」と年賀状に書かれていたので「メルアドも携帯の番号も知らないので教えて」と二年連続で書きましたがなしのつぶて。そして年賀状には「今年こそ一緒に遊ぼう」と書いてあるので、この子は本気で自分と友人関係を続ける気があるのか?と不快に思い今年の年賀状は出さないつもりでいました。ところが昨年末に親御さんの訃報が先に届いたので、今年寒中見舞いを出しました。昨年親御さんがお亡くなりになった時に、友人からも全く連絡が来なかったのに今回なぜ来たかも疑問です。 メールをくれた友人Bは、とてもAとは仲が良いので葬儀には行けないからすでに焼香を済ませたと書いてありました。他に仲の良かった同級生たちは皆遠方におり市内に住む自分はこんな状況でもお通夜に行く方が良いのでしょうか?気持ち的には相手が付き合うつもりがないのなら弔電でと思っているのですが社会人として礼に欠けるようでしたら行くつもりでおります。
BA仕事関係でしたら(どの程度の関わりかにもよりますが)義理で行かないといけないことがあります。また、身内の場合は、“仕事や学校を休んでも必ず出席するのが当然”という続柄があります。でも、友人・知人の場合は(義理の関係ではないので)異なります。同級生だった人の親御さんが亡くなれば、連絡がつく方には全員に知らせがあるでしょうが、お知らせは親しさの度合いに関係なく届きますので、行くかどうかは個々の判断になります。卒業後も時々会っているとか、遠くにいて会えないけれどメールや電話はしていて相手の様子をお互い知っているというようなおつき合いでしたら親友と呼べるでしょうし、親御さんが亡くなったと知れば、自然に「行こう」と思うでしょう。そうでない場合は、参列はせず、遠くから哀悼の気持ちで合掌して差し上げるだけで十分です。「行かないと悪いんじゃないか?」と、ある意味義理で参列すると、お友だちにとっては「来てもらった」という義理ができます。いつか逆の立場になった時に「うちの親の時来てもらったから行かないと悪いだろう」とか「親の時来てもらったけど、お祖父さんが亡くなった時も何かしないといけないだろうか」というように気を使うことになり、お互い「今はそうまで親しくしてないんだけど・・・」と感じつつやり取りを続けないといけなくなり負担になることが予想されます。
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